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Jan 29, 2008

企業探求―ロバート・ライシュのCSR批判はもはや古い?

エコノミストの昨年の2007年の9月の記事に、supercapitalismを出版した頃のロバート・ライシュ氏によるCSR批判に対する批判を行なっていました。ライシュ氏といえば、米国左派期待の星なんですが、CSRは企業が市民の変わりを勤めることで民主主義を弱めるという批判を加えています。The Economistは、企業のリーダーも、ライシュ氏の言う、環境や、教育、ヘルスケアなどへの政府に取組に反対しているわけでもないし、企業にとってもそこへ取組んでいくことは長期的な利益拡大のチャンスとなるから、批判は適当ではなく、もはやCSRは是非ではなく、どう焦点を絞って取組んでいくのかということが常識となっていることを言っています。マイケル・ポーターとマーク・クラマーの「競争と社会」で言う、CSR活動を競争力の源泉とする方向に確実に向かっているのだと思います。


In Search of the Good Company


ここ10年で「企業の社会的責任」が、先進国企業の役員会では常識となり、途上国でも浮上してきている。大企業の多くは、職場の多様性や人権や環境問題といろんな方針を設置している。CSRへの批判は、ミルトン・フリードマンの「企業の社会責任は利益を増やすことだ」という議論を踏襲する自由市場論者のものだ。しかし、CSR批判の議論に新たなひねりを加えたのは、最近出版された左翼の旗手であった。

新刊本「Supercapitalism」で、ロバート・ライシュは、CSRは、民主主義を弱める危険があるという。ビル・クリントン政権で労務長官を歴任し、現在カリフォルニア大学バークレー校の教授は、社会問題は政府が扱うものであって企業にはない。グーグルやウォルマートがよい企業かなどは意味がなく、政府がルールを設置し企業の競争を促すことで、利益を最大化することは、社会的に利益になるという。

CSRが企業の利益を増加させるというのはナンセンスで、スターバックスがエコパッケージにしてコストカットしたことや、ウォルマートがパート従業員に保険を提供し始め、定着率が上げたが、これを「社会的責任を果たしている企業と認める」なら、単に利益を伸ばしている企業はすべてそれに当てはまる。というのは社会への利益にもなっているからとライシュ氏は言う。

またCSRがよくないのは、CSRによって政府が取り組むべき問題をやらなくてもいいと世間が思ってしまうことだ。堕落した政治家が、自分たちの改革の無能さを棚に上げ、企業の不祥事を指摘するだけになってしまう。企業ロビーストの影響が強く、規制強化に失敗していることが、不祥事の温床となっている*

CSR支持者も企業の腐った献金について、ライシュ氏と同意するが、ライシュ氏の対策は、彼らと逆で、市民と政治家が正しいことをしようとするなら、企業になんか頼る必要がないというものだ。

CSRの支持者は、企業は自己利益に反することをすべきでないと考え、短期的で視野狭窄な儲けなく、長期的な利益こそ本当にすべきことだと言う。しかし、ライシュ氏にはそれは「賢明な経営」であってCSRではないという。しかし、CSRは従業員のやる気を高め、ブランド力を強化し、社会に恩恵をもたらすのは事実。社会的なコンテキストを意識することで、新たな製品やサービスも生む。プリンス・オブ・ウェールズの国際ビジネスリーダー・フォーラムのジェーン・ネルソンはこのような機会を超短期利益の前に見逃すこともないと言う。

ライシュ氏は、第二次大戦後のアメリカが「それほど黄金時代」ではなかった時代は、企業はより社会的に責任をもっていたと、好意的に振り返っている。企業リーダーが、今とは違い、経済成長をもっと平等に分配すべきと考えていた。アメリカの大企業は、贅沢な寡占状態であったのは、社会責任などを賄えたが、現在のような、厳しい世界競争に晒された「超資本主義」では、そんな余裕はなくなったという。

しかし、マッキンゼーのレニー・メンドンカは、戦後のビジネスリーダーは、利益を追求するには、世界経済を立て直し、社会契約を新たにすることだと考えていたいという。同様に今は、企業の長期的な利益追求には、気候変動や教育制度の不備などを解決することが重要だし、そのモチベーションは政府よりも高い。実際アメリカでは、ビジネスリーダーが教育や、気候変動や、ヘルスケアなどへの政府の取組は短期的なゼロサムゲームではないと支持が高く、従ってライシュ氏の好みとそんなに異ならない。

ライシュ氏の本は、批判をたくさん加えているが、CSRに取組んでいる人たちにはあまり意味がない。「CSRの是非を問う時代は終わり、今や、特に何を、どうやって行なうかが問われている。」という方へすでに移っているからだ。

*ライシュ氏の企業ロビーストへの見解は、http://blog.goo.ne.jp/ikeday_1977/e/9e77b157180132088c52ca4b5ca8f336 ケネディ・スクールでのライシュ講演を聴かれた方がブログで詳しく説明しています。


Jan 24, 2008

2008年に向けて:アラン・グリーンスパン伝説の継続 by ロバート・ライシュ ブログより

Blog entry by Robert Reich 2007/12/31

アラン・グリーンスパンを形成した世界観には二種類ある。ルードビッヒ・ヴィトゲンシュタインと論理実証主義が土台となった経験主義と、哲学者・社会批評家のアイン・ランドへのリバータリアニズだ。


グリーンスパンの賞賛すべき伝説は前者にある。標準的な経済モデルでは、経済が年2.5%以上の速さで成長し失業率が6.5%以下に低下した結果インフレ懸念が浮上するとされているが、1996年の春までに米経済は、年率6%で成長し、失業率が5.5%以下に低下し、グリーンスパンたちは、景気のペースを鈍化させる必要があった。しかし、経験主義者のグリーンスパンは、経済状況が1970年打や80年代とは異なると見ていた。「イノベーションの進化で、インターネットやe-mailが当たり前のものへと変化した。今までにない状況に歩みを進めている」と彼は自伝に記している。「教科書の戦略では、政策金利を引き締めるべきだが、テクノロジーブームを優先的に考慮すると、何もしないことが得策となった。生産性の問題だ。デスクトップコンピュータやサーバーやネットワークやソフトウエアなど、今までに比較にならないほどに巨大ビジネスになり、ハイテク製品へ資金が流入した。生産性は本当に加速していた。だからインフレの懸念はなかった。」

グリーンスパンは、連邦準備委員会で政策金利を上げないよう説得し、歴史的となった。「切羽詰まって金利を上げず、戦後最長の経済成長を明確にした」失業率は最終的に4%まで低下し、需要が非熟練労働者を吸収し、格差は短期的に収縮した。ビル・クリントンは、1990年のブームを起こしたとして評価されているが、実際は、グリーンスパンが、米国経済がハイテクブームに沸き、過去の経済モデルが通じないことの指摘に躊躇しなかったことによるのだ。

しかし、グリーンスパンの最悪の伝説は、二つ目の思想に源がある。アイン・ランドは、個人主義や覚醒した利己主義者に徳性を見出し、集団的な努力を軽蔑したが、グリーンスパンはランドに傾倒していた。特に、あまり恵まれてない人への救済効果について特に疑わしく思っていた。「レーガンが魅力的なのは、愛の厳しさを教えることは、個人・社会の双方にとって役に立つと明確に説明したことである」と言っている。政府による虐げられた人の支援に否定的だと意味している。

1992年のビル・クリントンは、ある意味レーガンの犯した間違いを修正するために当選したようなものだ。クリントンは、国民皆保険や急激に変化する経済環境に適応できる就業訓練や各種の支援、国家規模の道路、橋梁、港湾の修理など、何年も無視されてきた問題に取り組むことを約束していたが、政権発足時、財政赤字は彼の野心を削らなくてはならないほどに膨らんでいた。皮肉にも、負債は、ロナルド・レーガンの減税とおもに軍事費の増大によって膨張していた。グリーンスパンは、レーガン大統領の最後の年もFEDの総裁であったが、自伝には、レーガンに赤字の拡大に警鐘を鳴らしたとは書かれていない。だから、レーガンの行った支出による財政赤字は「野獣を飢えさせ」、結果的にクリントンのような次に来る民主党の大統領に、虐げられた人々への支援を減じるよう提案させる。つまり、グリーンスパンはレーガンや政権の取り巻きに同意していたといえる。

次の質問は、クリントン政権誕生時、どれだけの赤字縮小が必要だったのか、そして、その結果、当初のクリントンの要綱はどれだけ削られることになったのかということだ。グリーンスパンは、クリントンに赤字解消の為に全てを犠牲するように強制した。「未来への架け橋として、大統領の出立は、長期的な悲劇を取り除くことにある」と。グリーンスパンはクリントンに直接言わなかったが、彼がレーガンの失策のつけを払う嵌めになっていると自伝には正直に書いている。これは共和党によるまったくの筋書きとおりだ。「レーガンは、クリントンに借り、クリントンはそれを支払わなくてはならなかった。」グリーンスパンのクリントンへのアドバイスは、約束と脅威であった。もし、クリントンが負債を減らせば、グリーンスパンは、金利を下げ経済の堅調を約束した。これが「1990年代の後半の状態であった見た目はすこぶる堅調」。これはクリントンの再選に貢献した。しかし、もしクリントンが、負債圧縮を行わなければ、グリーンスパンは金利を下げなかっただろうし、経済は足を引きずり、クリントンの再選を脅かすこととなっていただろう。グリーンスパンは「1996年の大統領選挙は、忘れることができない」と語る。クリントンは再選されたが、グリーンスパンは銃を彼の頭に突きつけていた。「選挙公約を果たすため支出のかさむ政策実施か支出削減計画か、黒か白で、双方を満たすことはできなかった」。私(ライシュ)も含めたクリントンのアドバイザーは、グリーンスパンの望むように予算を圧縮しなくてはならないとは誰も信じていなかったし、そうするとなると、クリントンの選挙公約をほとんど破棄しなくてはならないと考えていた。グリーンスパンが言うように「ホワイトハウス内での反発も広がり、政権中枢は、ウォールストリートと反目する公約を実施しようと躍起だった」しかし、グリーンスパンだけが銃を持っており、ウォールストリートと彼だけが勝者となった。

経済ブームが進むにつれ、クリントンの選択は有効度を増したように見えたが、実際は、グリーンスパンの権力を確かなものにしただけであった。低金利は少なくとも短期的に望ましい効果を発揮した。経済は伸展し、クリントンは再選を果たした。数年後結果的に、税収は爆発的に伸び、財政赤字は消失し、ブッシュ政権が誕生するまでには、大きな財政黒字を計上していた。アメリカはここ数十年来で初めて、ヘルスケアや、教育や就業訓練や、国家インフラ修繕などを賄える源を獲得したのだった。しかし、グリーンスパンは政府が計画を実行に移すことに反対していた。彼はその代わり減税を支援し「恒常的な黒字は、赤字の経常化と同じく不安定である」とし「支出を増額か減税すべきだが、支出を一度増やすと減らすことの困難さ危惧しているが、減税には問題はない」とした

グリーンスパンは、2001年議会の公聴会で減税を要求したが、ジョージWブッシュの行なった巨額の減税のメリットはほとんどが富裕層にしかなく、彼の政治的な支持層獲得に大きな役割を果たした。ブッシュ減税は、国富を溶かし、財政総黒字を数ヶ月で失わせてしまった。グリーンスパンは、特にブッシュ税制を支持したわけでないと書いてるが、それは疑わしい。ブッシュの提案は、当時唯一考慮され、新大統領として経済問題の中心にすえていた。そして、議会もメディアもグリーンスパンが証言した際、活況を呈していた。グリーンスパンは、彼の証言が、ブッシュの減税に支持をしていると認識されることを知っていたに違いない。彼は、ワシントンで数十年過ごし、首都がどう動くかよく知っていたはずである。「私の発言が政治的な意味合いをもつようになるなら、私は辞任する」。クラウド・レインがハンフリー・ボガードを真似ていたのを、さらにまねて、彼は後に妻にそう語っていた。「おやおや、首都に政治が存在していたよ」確かに、グリーンスパンは「法制化への影響力には楽天的であろうとしていた。たしかに黒字を減らす効果は危険になるまで上がっていた。」

グリーンスパンにとって「危険」とは、長期的な視点での悲劇的な問題に取り組む機会を見逃すことである。長期発展とは、ビジネスサイクルの上昇や下降を超越して、中流や下層の国民が生活を向上にも取り組むということだ。新たなグローバル経済下、民間投資が最高のリターンを求めて世界のどこでも行くようになり、国家経済の唯一考慮すべきことは、人に対して特別であり続けることで、教育、健康やお互いを結びつける交通や情報制度などに力を注ぐべきだ。これらは、長期的な生産性の向上をもたらす。しかし、グリーンスパンのリバータリアンの考え方が、仮に2008年に民主党が政権を取ったとしても、必要なことを実施するだけの予算をすでに霧消させてしまっている。アメリカの幼児・初等教育制度は低所得者家族の師弟に必要な予算がなく、数千万人の国民は健康保険に未加入で、数千万が現在加入している保険代を賄えなくなるに違いない。アメリカのインフラは経年劣化がひどく、昨年7月、1914年製の蒸気パイプがニューヨークシティで破裂した。翌8月、ミネアポリスで設置後40年の橋が崩落し数人の運転者がなくなった。最後に、これらのすべて差し置かれたことにより、格差がますます広がっている。

アラン・グリーンスパンの経験主義は、もっとも長期にわたる経済拡大でアメリカに大きく貢献し、金融政策の歴史を書き換えたが、アイン・ランド型のリバータリアンとしては、国に致命的な傷を負わせた。